FISH FRY JPAN 2011
presented by Blue. Magazine ~save for TOHOKU surfer~
日時:2011年5月28日(土) 8:00AM~日没 ※雨天決行
場所:静岡県牧之原市静波海岸
取材&撮影:冨田隆
3月11日の震災以降、様々なイベントが自粛ムードのなか、中止や延期を余儀なくされている。サーフィンの世界にもその影響は波及してはいるが、比較的ものごとをリベラルに捉えポジティブに行動するサーファーたちには、あえてベントを開催し、その意義を訴える者も少なくない。「THE GREENROOM FESTIVAL」がそうであったように、「FISH FRY JAPAN 2011」もまた、極めて前向きな姿勢で例年どおり開催された。苦渋の選択に悩みつつも結果的に開催を決めたBlue. magazine編集部と、地元静波のローカルサーファーの尽力に改めて感謝したい。
今年で4回目となった「FISH FRY JAPAN」。回を増すごとに業界中心のトレードショー色が強まっていたが、今回はやや様相が違っていた。どちらかというと1回目に近い印象だ。台風2号接近によるあいにくの雨のためか、幾つかの常連ブランドの姿はなく、出展者数は昨年を下回った。しかし、雨にもかかわらず熱心な出展者は会場となる駐車場が開く前から長い列を作り、8時の開場を待たずしてほぼすべての出展者がスタンバイする熱の入れよう。雨天や自粛ムードなどさまざまな障害はあったものの、それでも参加したいという強い思いを抱いた人が、今回のフィッシュフライの主役となっていた。
そのためか、今年はいわゆる王道のフィッシュボードが多かったのが特徴だった。ウッドボードやアライア、ハルといった、フィッシュとはデザイン・コンセプトが異なるオルタナティブ・ボードが目立っていた昨年と、その点が明らかに違っていた。改めてフィッシュフライの原風景に戻った感が印象的だった。4回続けて毎年参加しているボードレーベルもあれば、もちろん初参加のブランドやシェイパー、クラフツマンもいた。いずれにしても、ガレージ・シェイパー系のクラフツマンが独自のデザイン解釈で創造するボードやフィンにはユニークなものが多く、今年もまた、フィッシュフライでしか見られない逸品や珍品が数多く並んだ。また、奇跡的に毎年波があることで知られているが、今年も腰腹サイズの波が割れ、前日に強く吹いていた風もこの日は終日止んでいた。試乗ボードをテストライドするのに絶好のコンディションだった。
毎年多くの外国人シェイパーやサーファーがこの日のために来日するフィッシュフライだが、今年はさすがに少なかった。当初来日を囁かれていた南カリフォルニアの著名サーフセレブたちは、原発の放射能問題を理由に結局来日を取りやめるなど、「THE GREENROOM FESTIVAL」同様のキャンセル現象が起きた。しかし「こんなときだからこそ日本を応援しに行きたい」と奮起した外国人もいる。今回シェイパーでは、サンディエゴのフィッシュデザインを世に広めたクリス・クリステンソン、最先端パフォーマンス・フィッシュを探求するオーストラリアのダニエル・トムソンが来日。クリスはわずか4泊の滞在、ダニエルも一週間ほどとショートステイながら、日本を元気づけたいという思いから緊急来日したかたちだ。またアーティストのタイ・ウイリアムスは当初の帰国予定を変更し、延泊してまでフィッシュフライに参加した。
こうした海外からの参加者の善意に満ちた思いや、Blue. magazineが本部テントに設けた募金箱、一部のサーファーやシェイパーたちが発する原発に対するメッセージなどが、これまでのフィッシュフライとは明らかに違う空気感を作り出していた。主催者であるBlue. magazineがあえてサブタイトルに付けた「save for TOHOKU surfer」の主旨を、誰もが心の内に秘めていたのだろう。今回フィッシュフライの会場を支配したある種の良心や倫理観といったものが、どこかオルタナティブなサーフィンやサーファーの抱く価値観とリンクしていたのかもしれない。いずれにしても、昨年までのお祭り騒ぎとは一線を画す、良い意味で平静さを保った「FISH FRY JAPAN 2011」だった。